手関節は日常で使用する頻度が高いため、障害が生じやすい部位の一つです。中でも、母指側の手首の痛みは女性に頻発する傾向があり、日常生活にも大きな影響を与えることが多いです。
そこで、今回の記事では”母指側の手首に痛みが出現したときに考えるべき3つのポイント”について記載していきます!
1.ドケルバン病(短母指伸筋腱、長母指外転筋腱)
短母指伸筋腱、長母指外転筋腱が問題となる病態は”ドケルバン病”です。ドケルバン病は手関節の母指側に疼痛が出現し、母指を握りこんだり、母指を外に開くことで疼痛が出現します。
ドケルバン病は第一区画の短母指伸筋腱と長母指外転筋腱の障害です。繰り返される母指の内-外転や手関節の橈-尺屈の動きにより、短母指伸筋腱、長母指外転筋腱に摩擦、圧縮ストレスが生じることで、腱の腫脹・炎症が起こり、疼痛が生じます。
ドケルバン病のリスクとしては女性・妊娠、手を使用する頻度が高い仕事に従事している方に生じやすいです。
2.ドケルバン病の評価
ドケルバン病を疑った場合の評価として、私は臨床で6つの主項目の評価を実施しています。特に重要視しているのが圧痛部位と整形外科的テストになります。
圧痛部位の評価では、当たり前ですが”短母指伸筋腱と長母指外転筋腱の圧痛が生じているのか?”を確認します。周辺には、CM関節や橈骨手根関節、橈骨神経の病態も生じることが多いため、鑑別のためにも圧痛所見は丁寧に実施しています。
筋力評価において、ドケルバン病では力を入れると疼痛が出現するため、握力が低下する方が臨床上多いです。また、尺側手根伸筋の筋力低下が認められたと報告されています。
尺側の安定性低下は橈側(母指)の安定性や筋出力にも関係すると考えられるため、必ず評価するようにしています。
※身体の代償機能
腸腰筋の筋力低下は腓腹筋の筋出力を高めます。腱板断裂は三角筋の筋活動を高めます。このように、身体においてどこかの筋機能が低下すると、代償的にどこかの筋肉が過剰に働きます。手関節でも同様な現象が起こることが十分考えられ、尺側の筋力低下は橈側の筋活動を高め、障害に繋がる可能性があると考えられます。
私が重要視している整形外科的検査では、”Eichhoffテスト・Finkelsteinテスト・麻生テスト”の3つを実施します。中でも、麻生テストを重要視しています。
Eichhoffテスト
方法:母指を握り込んだ状態から、手関節を尺屈させる
判定:橈骨茎状突起周囲に疼痛が出現
その他:感度100%とする報告や特異度89%とする報告があります。
EichhoffテストはFinkelsteinテストよりも痛みが強いです。偽陽性となる可能性もあります。
Finkelsteinテスト
方法:母指を尺側方向へ偏位させる
判定:橈骨茎状突起周囲に疼痛が出現
その他:感度を44%とする報告や特異度100%とする報告があります。・Feiran Wu, Asim Rajpura et al: Finkelstein's Test Is Superior to Eichhoff's Test in the Investigation of de Quervain's Disease. J Hand Microsurg. 2018 Aug; 10(2): 116–118.
麻生テスト
方法:手関節最大背屈位から、母指を伸展
判定:橈骨茎状突起周囲に疼痛が出現
その他:短母指伸筋の腱鞘炎を調べるTestです。陽性率は100%で、Eichhoffテストに次いで疼痛が強いTestと報告されています。・麻生邦一:de Quervain病の診断―徒手診断法の有用性.臨床整形外科,41巻2号(2006年2月)
私の感覚ではありますが、麻生テストが陰性の場合、ドケルバン病である可能性はかなり低い印象があります。
エコー評価
圧痛部位の確認、筋力低下、整形外科的検査を実施して、ドケルバン病の可能性が高いと考えたら、最後にエコーにて短母指伸筋腱と長母指外転筋腱の状態を確認します。
超音波では以下のような状態を撮像できる場合が多いです。
・第一区画の腱鞘内の液体増加
・伸筋支帯と腱鞘の肥厚
・腱に円周状の低エコー像と腱周囲の皮下浮腫
・腱周囲の血流量の増加(ドップラー反応)
超音波を用いることで隔壁の有無も評価できます。第1区画の隔壁の存在は死体研究において24~75%であると報告されていますが、ドケルバン病では67.5~91%と高率に存在していると報告しています。隔壁が存在していると保存療法の抵抗因子になると考えられています。
3.ドケルバン病に対する介入
保存療法が基本となります。隔壁が無ければ、保存療法で完全に症状が寛解する割合は高いです。 隔壁の存在は、外科的管理が必要になる可能性があります。
装具は早期に装着することで、症状の改善に有用であると報告されています。母指を固定・安定化させることで、短母指伸筋腱および長母指外転筋腱の炎症増悪の予防、摩擦ストレスを防ぐ効果があると考えられます。
また、装具だけでなく物理療法や注射を併用することで、より効果的な結果が得られるとも報告されています。
理学療法介入としては、前腕の回内可動域練習、手内在筋のトレーニング、手関節尺側部の安定性向上などを目指した介入を実施します。また、小さいお子さんがいる場合は抱っこの方法などを指導します。手で抱えるのではなく、前腕でお尻からお子さんを抱えるような方法をお伝えしています。
前腕の回内可動域への介入
前腕の回内可動域制限が存在すると母指を過剰に掌側内転することで代償するため、腱に過剰な伸張ストレスが加わる可能性があります。そのため、前腕の回内可動域を改善するため、腕頭関節への徒手介入、回外筋や関節包を伸張するイメージ徒手介入を実施しています。
手内在筋のトレーニング
手内在筋の機能低下が生じると手外在筋を過剰に使用する可能性があります。そのため、手内在筋のトレーニングを実施し、手外在筋の過剰な収縮を抑制し、ストレスを軽減させる必要があります。
手関節尺側部の安定性向上トレーニング
私は尺側の安定性低下は橈側(母指)の安定性や筋出力低下に関係すると考えているので、尺側の筋力低下(小指外転や尺屈筋力低下)や握力低下などが認められた場合、尺側の安定性向上に向けたトレーニングを実施するようにしています。
小指の外転トレーニング
手指に輪ゴムをかけて、小指外転運動を実施します。強度が強ければ、輪ゴムのかける指の数を減らし、強度を調整します。
棒を用いた尺側の安定性向上トレーニング
3~5指と小指球で棒を把持し、棒を倒していく角度を徐々に増やしていきます。強度が強ければ、棒の握る位置を変化させ、強度を調整します。
4.交差症候群
交差症候群は聞きなじみが無いかもしれませんが、ドケルバン病と似た症状を呈する、橈側(母指側)の痛みを引き出す病態になります。
交差症候群の原因は明らかになってはいませんが、2つのメカニズムが提案されています。1つ目は、繰り返し使用による 2つのコンパートメント間の摩擦です。2つ目は、第2伸筋コンパートメントの狭窄です。
交差症候群の疼痛部位はドケルバン病の疼痛部位よりも近位かつ尺側に存在します。また、橈骨前腕の背側に沿って、関節の近位でおよそ4~6cm または2~3指幅の腫れを起こすことがあります。
評価として確立された方法はありません。エコー評価することで、前腕遠位3分の1のレベルで 第1背側コンパートメント (短母指伸筋と長母指外転筋) の2つの腱の腱滑膜炎が確認できることがあります。
介入方法として、NSAIDの投与、手関節を固定することで患者の60%が2~3 週間以内に症状が改善することが報告されています。
5.橈骨神経浅枝
橈骨神経浅枝は第1背側コンパートメントを通過する2つの筋肉の表層を交差するように走行します。ドケルバン病と同じレベル、または近位で疼痛が生じることが多いです。
橈骨神経浅枝は長母指外転筋と短母指伸筋が第1区画に入る手前で、表層を交差するように走行しています。
橈骨神経浅枝の障害がある場合、整形外科的検査よりも橈骨神経伸張テストを行うことで症状が再現される場合があります。また、橈骨神経浅枝が交差する部分でチネル徴候を確認できる場合もあります。
介入として、エコーで橈骨神経浅枝を描出しながら長母指外転筋と短母指伸筋の間の動きを引き出すような徒手介入を実施します。
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